日本最古の金庫なんて本当にあるのか

日本最古の金庫について気になったので、ネットで調べていたら大阪府羽曳野市にある野々上遺跡から日本最古の鍵が見つかったようです。その野々上遺跡は、飛鳥時代から平安時代にかけての集落跡になるようです。西暦で表すと650年頃の時代に使われていた鍵になるようなのですが、他人に貴重品を盗まれないようにするために、その当時の倉庫や木の箱などに貴重品を保管して鍵を掛けていたのでしょうね。その650年よりも少しさかのぼると、646年には歴史の授業で誰もが習うところの有名な大化の改新があります。すなわち、中大兄皇子と中臣鎌足が、有力豪族でもあった蘇我入鹿を滅ぼしたという大きな政治改革です。

それはともかくとして、その野々上遺跡から見つかった鍵で施錠したその当時の倉庫や木箱などが、日本最古の金庫の起源と言えるのかもしれませんね。その鍵の名称は、海老錠と言うらしいのですが有名な正倉院にもその海老錠は使われていたようです。ただし、その海老錠は、中国の唐から伝来した鍵と言われているようですね。しかも、正倉院に使われていた鍵とは言っても、石でたたけば壊れてしまいそうな単純な造りだったのかもしれませんね。しかしながら現代人の私が、ホームセンターにある金属製の材料を用いて鍵を作るように指示されたとしてもたぶんできないでしょうね。そういう意味においては、その当時そうした海老鍵を開発した人に対しては尊敬をしてしまいます。ところで鍵を掛けるという風習は、あくまでも正倉院のような大きな建物に限られていたようで、庶民の家などではほとんど使用されなかったようです。

一方今日では、阿波錠や土佐錠・因幡錠といった日本独自の代表的な和錠を造る技術文化があります。そうした和錠が本格的に造られるようになったのは江戸時代以降らしいですね。何故なら、徳川幕府になると平和な時代が続いたので、刀職人の多くが鍵職人に転向したのだそうです。